2007年10月06日
sad things
じゅっぱっぴーです。
日本では、おっぱっぴーが流行っているそうですね。
とある方のデビュー戦が最近ありまして、ええ。
少しだけかかわらせていただきまして、そのデビュー戦のオープニングに行って来て超楽しかったです。1000人くらいがいっきに押し寄せ、女優さんはいるし、なんかいろいろセレブ?っぽい人たちがシャンパン片手にワイワイやっているわけですよ。その会場のコンテンツそのものも非常に充実していて
楽しいわけです。とある方のコンテンツも、ひときわ面白いわけです。
汗の結晶だったり、涙や血の結晶だったりするもの、ってやっぱり楽しいNE。
そこに人が集まる仕組み。
シャンパンが出てきて当然の仕組み。
そこで、何かができる仕組み。
いろんなものがそろっている場所、というのがあります。
仕組みの中で、這い上がって生きたいと思いました。
水面下で、たくさんのことが起こり始めている気がします。
ふつふつと、そういうものを感じます。
その「起こり」を感じながら、先手を打てるようにならないといけない。
小さいお話。
ジン+梅酒の組み合わせは、ハーモニーを奏でないらしいです。
犬のお散歩レンタルが流行っているらしく、問題になっているそうです。
ギブス
熱意を持って、思っていることを伝えようとする試みについて、
最近思いをめぐらせていますが、伝えようとする事物(a)
やじるしの向く先に、当該の(a)に相当する概念や、イメージや質感がなければ「理解」できても「わかって」はもらえないのではないかと思います。
とっても厳密に、疎通を考えると、「不可能性」しか出てこないのではないかという悲しいこと。つまり「意味のわからない」ことしかない。ということです。(つまりニュアンスでしか、言葉を「理解」できていないということ)
しかし、わかってもらうために、(a)を一生懸命伝える努力そのものに価値はあるのかということなのだと思います。
厳密に言えば、疎通は不可能ですが、コミュニケーションとしての可能性はあるのだろうと思います。雰囲気とか、思い出とかそういう事実そのものであるけれども、記憶の中で可変可能なものにたいして開かれている「決定不可能性/決定の前にただ立ち尽くすこと」くらいはいけそうな気がします。
翻弄されないように、踏みとどまるより、翻弄されながら
より多くの距離を振り回されるくらいに、ふわふわでありたい。
むしろ、相手を飛ばしたい(笑)
カレンダーメーカーをやったら、毎日「休」でした。んで、隔週金曜日は疲れてました。休んでるのに、疲れてるなんてただのごくつぶしじゃねーか。
間違っても無い気がするけれど。
ちなみに、けいしくんは、毎日「H」でした。なんとも言いがたい。
「どうしたらよいかわからないこと」しかおこらないのが、僕の今で
これからもそうだとしたら、超うけるけど、多分そうで
因果とか言うなら、因が悪いからで、スパイラルになる前に、
踏みとどまるが、全力で走るかして、結果にしないといけないと思うのだ。
人生なんて、超長い。
死ぬには、もう遅すぎるんだ。
最近、タモリ倶楽部が超オモシロイと思う年頃になりました。
はやくも10月。今年も終わりに急いでいます。
ゆっくりと、時間を感じ、先を急がず、
今できることをしっかりやろうと思います。
そうやって、あと何年かは過ごす予定です。
仕組みを這い上がりながらね。イモリのように、やってやります。
Posted by jun at 2007年10月06日 20:07