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2007年10月21日
本を読みすぎたときの症状
はい、じゅんです。
「考えない」ことは「考える」を担保にしている。
「考えない」ことを「考えて」しまうからです。
「考えない」ことを「考えて」いるときに、無性に
ベージュの何か、まるいものを想像しようとしている気がして。
それって、「考えて」いる。
考えないを考え続けると、何が思いつくかな?
人によっては、それは「思っている」だとか「想像している」ということかもしれないけれど。
指し示す事柄は、人によって違う。
たいてい、よく考えて!という場合は、合理的に考える、もしくは
論理的に(その論理とは何か?と言う話はとりあえず置く)考えて、
ムダのない情報に、加工し、発すること、までを言うのだと思う。
アイディアには、「ムダ」が必要だけれども、
洗濯をしてほしい、と相手に頼む場合にムダが多いのはどうか。
「今日天気いいねー」
「今日、ケチャップこぼしちゃってさ」
「この部屋、くさくない?ってか、服が??」
「なんか、服が溜まってきていますよー」
どの地点で、このムダな発話が、意味ある
「あなたに洗濯を頼んでいるのだ」という指示になりえるのかは
人によります。ま、実際はこのような会話なく、洗濯はされるものです。
僕みたいに、よっぽどのめんどくさがりでない限り。
んで?何って話ではないので、あしからず。
季節の変わり目は、花粉?とかアレルギー?とかで
鼻水が止まりません。
うかつに、毛のものを着れません。
めんどくさい
と言う言葉の、「くさい」という表現が気になる。
何のニオイなのか?、あるいは、どんなものを嗅いでしまったのか。
というのは冗談ですが、
面倒な、感じがする、というそのニュアンスの根源はなにか?
複雑さ?
めんどくさい人間。それは私のことですが
何が、わたしをめんどくさくさせているのかというと
おそらく、言葉
ですが
残念なことに、そんなにめんどくさいことを話しているつもりがないのです。
ところが、「自分にとって」非常に短絡的で、とるにたらないこ言葉で話しているつもり。つまり、そこがめんどくささの根源ですね。
辞書が違う。
多分ですけど、僕の辞書はあらかじめ「絵つき」だったり「音つき」だたりするのだけれど、あんまりつけないように気をつけようかと思う。
あと、人とは違うリンク。話の飛躍。ムダオンリー。
どうにか、コミュニケーションをとりながら、いや当然取れるものとして生きていかねばならないし、私はコミュニケーションそのものを「望んで」いるのだと思う。というディスコミュニケーション。
考えていると、
太陽をずっと見続けたときにできる、白いもわっとした点が
脳にもできてくるように思います。
とらえて離してくれないものです。
おい、ロン。
Posted by jun at 2007年10月21日 15:59